GoogleやMicrosoftなどの米国IT企業が人工知能開発で激しい競争を繰り広げている中、日本の巨大企業トヨタ自動車も今後5年間で総額10億ドル(1年の平均2億ドル)の投資を見込んで、人工知能開発の拠点をアメリカに整えると発表しました。文科省が2016年に人工知能開発に盛り込んだ予算が100億円(約1億ドル)ですから、国の予算の2倍以上を注ぎ込むことになります。
今年の1月にミシガン州のアナーバーにToyota Research Instituteを設立し、2つの大学と提携し、研究が進められていくこととなりました。1つはMIT(マサチューセッツ工科大学)で、もう1つはスタンフォード大学。いずれもそれぞれロボット工学と人工知能の研究を世界的に牽引してきた大学です。さらに今月8日に、ミシガン大学との提携も発表し、トヨタ自動車もいよいよ人工知能開発に本腰を入れてきました。
MIT
MITといえば、工学系ならば恐らく誰もが聞いたことのある名前でしょう。
世界大学ランキングは複数ありますが、そのいずれでも必ず上位に君臨している大学です。特に工学分野では世界ランキング1位2位をスタンフォード大学などと争っています。
MIT発の企業ボストンダイナミクス
MITのマーク・レイバート元教授がMITをスピンアウトしてボストンダイナミクスという会社を設立した。この会社は後にチーターやビッグドッグと呼ばれる4足歩行ロボットを開発している。以下はビッグドッグの動画です。
現状、日本でこのレベルのロボットを見たことがありません。ビッグドッグはアメリカ国防総省のDARPAの支援を受けて開発されているので、かなり多額の資金が投入されていると思われますが、いずれにしてもMITで得られてロボット工学の知見は凄まじい物なのでしょう。
お掃除ロボットRoomba
日本でもお馴染みの「ルンバ」は、MITの研究者によって設計されました。ルンバは最新の人工知能というには、あまりにも非力ではありますが、掃除をするという限られた仕事自体はしっかりこなしてくれます。その仕事をこなせる最低限の単純なアルゴリズムを組み合わせて、一般でも手の届く価格で実用化に至りました。
テキスト分析
テキスト分析サービスを展開しているLuminosoもMITのスピンアウト企業です。
主にユーザの感情や評価などをテキストから分析して、企業に提供するということをしています。いわゆるBtoBであるため一般にはあまり知られていない会社でしょう。
ロボットだけでなく自然言語処理の分野でもMITは強みを持っています。
スタンフォード大学
MITと同じく世界ランキングで上位に君臨する大学。特に人工知能などのコンピュータ・サイエンスの世界で世界を牽引している。
グーグルの猫
大量の画像から猫らしさを自動で獲得した(教師なし学習)Googleの猫はスタンフォード大学の元教授アンドリュー氏の研究成果です。
教師なしで、大量の画像から最も特徴的な部分を自動で抽出するアルゴリズムによって、猫らしさを表現した画像を獲得することに成功しました。それまでは手書き文字を認識できるような研究(人によって形が微妙に異なる手書き文字の「3」を「3」と認識する研究)が画像認識におけるテーマでしたが、この成果によって一般物体認識という分野が開拓されました。
DeepMind
ディープニューラルネットワークと強化学習を駆使して、知性を解明し体現することを目的としている企業です。AlphaGoがプロの囲碁棋士を破ったのは記憶に新しいですが、これはDeepMindの成果であり、またDeepMindはスタンフォード発の企業です。他にもテレビゲームをプレイしているうちに、うまい操作方法を学んでいく人工知能DQNなどの開発も主な成果です。
後にGoogleによって4億ドルで買収されました。これは人工知能開発に本腰を入れていたGoogleがヨーロッパ地域に対して行った過去最大の投資額です。
ロボットカー、人間の運転を超える
2015年の2月に、スタンフォード大学が開発したロボットカーが現役のレーサーよりも早いタイムを打ち出しました。レースのような高度な運転技術が必要な中で人間の操作技量を超えるのであれば、当然一般のドライバーに対しても、緊急時に自動車のスピンを伴うような回避行動の際に運転支援が行えることが期待できます。
ミシガン大学
特にトヨタ自動車が提携をするミシガン大学アナーバー校は、工学やコンピュータ・サイエンスでは世界トップレベルです。MITやスタンフォードのように1位を争うような存在ではないですが、コンピュータ・サイエンスでは東京大学がランキングの100位以内にも入らないことを考えれば非常にレベルの高い大学です。
Sirius
アップルのSiriは非常に有名ですが、これのオープンソース版とも言えるSiriusがミシガン大学から発表されています。私自身このアプリケーションを使ったことはないのですが、オープンソースということで活気が高まれば色々追加機能が(Linuxのように!?)出てくるかもしれないですね。
(githubで開発中らしい)
トヨタ自動車の研究開発センター
ミシガン州アナーバーにはトヨタ自動車の研究開発センターがあり、研究での連携が期待できます(これが3つ目の拠点として選ばれた理由でもあるらしい)。
また研究開発センターの中にある北米先端研究所の所長はミシガン大学教授、豊田中央研究所所長を兼任(全部で3つ!?)しているようです。
トヨタ自動車の自動運転
完全自動運転には否定的だったが現在は、
Googleが完全自動運転の自動車開発に進む中、トヨタ自動車を始めとする自動車産業界では、運転をドライバーから完全に引き離すような方法は取らないという姿勢が強かったです。
つい最近発表された「守護天使」と呼ばれるトヨタ自動車の自動緊急回避システムも、基本的にはドライバーが運転を行い、ドライバーが回避できないような状況でコンピュータ側の操作が加わるシステムです。
しかし、このシステムの発表と同時に「守護天使(回避システム)」は完全自動運転技術と両立できるということも述べられているようで、完全自動運転そのものが視野に入っていることが想定できます。もちろん、完全自動運転に取り組み、結果として基本的にはドライバーに運転を委ねたほうが良いということになる可能性もありますが、Googleなどが自動車産業に介入してくる中、真っ向から勝負を挑む形となりました(また、1月の時点でTRIはGoogleロボット部門から研究者を引き抜いている)。
各拠点の役割
トヨタ自動車はミシガン大学を完全自動運転の開発拠点にすると公言しています。この地域は気象条件が悪く、テスト環境としては最悪の部類です。だからこそ、この環境で成功できれば高い精度と技術力が確認できるという考え方がされているようです。
また前述の通りミシガン大学アナーバー校の近辺にトヨタ自動車の研究開発拠点があり、連携が取りやすいことも拠点となった大きな理由の1つです。
マサチューセッツではディープラーニングやシミュレーションなどの領域を中心に取り組み、スタンフォード大学があるケンブリッジでは人間主体の運転に対して自動車がサポートをする技術を中心に取り組みます。
TRIが掲げる人工知能研究の目標
1.事故を起こさないクルマ
2.幅広い層に運転の機会を提供
3.モビリティ技術を活用した屋内用ロボットの開発
4.人工知能・機械学習を応用した材料科学研究などへの応用
所感
人工知能研究の目標に対して
「1.事故を起こさないクルマ」に関しては自動運転技術開発の主なモチベーションですね。この事故を起こさないクルマが「2.幅広い層に運転の機会を提供」へと繋がるかと思います。現在アクセルやブレーキの踏み間違いによる事故などが高齢者を中心に発生しています。安全を考えれば、高齢者には免許を返上させるという意見も考えられますが、体力のある若い人間ですら自動車に頼るのに、高齢者が自動車に乗れなくなればきっと家に引きこもってしまうでしょう。安全を技術で保証すれば、もっとたくさんの人が安心して運転の機会を得られるはずです。
「3.モビリティ技術を活用した屋内用ロボットの開発」に関しては自動車そのものからは離れますが、環境認識や判断システムなど共通の技術基盤があります。ルンバなどを代表とする家事を手伝うロボットや、あるいは介護などの現場で活躍する支援ロボット、ソフトバンクのペッパーのようなロボットの開発にも着手することでしょう。
「4.人工知能・機械学習を応用した材料科学研究などへの応用」はいわゆるデータ解析のことですね。材料科学は特に多くの実験データから考察を行い、研究を進めていくことが多いと思われます。その実験データから、実験結果を左右している特徴量を抽出することができれば考察に役立てることができます。あるいはもっと良い実験の条件などを予測するシステムの構築(要するに実験環境を提案するシステム)もできるかもしれません。個人的には非常に期待している分野です。データ解析の手法としては多様体学習やTDA、ブラインド信号源分離などが今後期待される分野ではないでしょうか。
日本の人工知能開発
トヨタ自動車が、日本での開発ではなくアメリカでの開発を選択したことは注目すべきことかもしれません。当然トヨタでは自動車そのものの研究開発は主に日本で行われているはずです。しかし、人工知能技術だけはアメリカでやろうと考えたのは、やはり日本とアメリカのレベル差を感じているからではないでしょうか。きっと最新の手法に関する情報も、向こうのほうが早く入ってくるのでしょう。企業の方が将来的に利益を挙げなければならない分、そのような実力的な部分にはシビアだと思います。是非日本も総力を挙げて、この開発競争に勝ち残って欲しいです。
※追記
理化学研究所が人工知能開発の拠点設置
3省連携で日本が総力を挙げて挑む体制となりました。