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自動車と自動運転、その技術について雑記

 

 

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はじめに

私は自動車を運転するのが好きです。

 

ゲームを楽しむことも、家でのんびりすることにも特に理由は必要ありません。ただそうしたいからそうするというだけの話です。それと同じくらいの感覚で、私は特に用事もなくドライブをするということがあります。

 

なぜ私は自動車を運転するのが好きなのでしょうか。恐らくその理由は大きく分けて以下の2つです。

 

1.自分の思い通りに操っている感覚

2.自宅のようなプライベートな空間

 

自動車の運転とはまさに、自宅でのんびりゲームをしたり、お酒を楽しんだりするのと同じような感覚なのです。

 

そんな私ですが、個人的に完全自動運転に対して思うところがあるので、今日はそれを綴りたいと思います。

 

 

自動車がいかに特殊か

まず自動運転の話をする前に、一般的に自動車の話をしたいと思います。私は自動車は様々な工業製品の中でも際立って特別な存在だと感じています。

 

工業的な要件だけがユーザーの求める価値ではない

自動車が特殊である要因の1つは、簡単に言えば「人間の役に立つこと=価値」ではないことです。例えば冷蔵庫、洗濯機、テレビは家電の三種の神器と呼ばれていました。時代の経過とともに、生活に多大なるインパクトを与える三種の神器と呼ばれる家電は変わってきてはいます。

 

概して言えることは、通常の工業製品はいずれも人間の生活水準を科学技術によって大きく向上してきたということです。そしてそのこと自体に最大の価値がありました。

 

テレビ、冷蔵庫、洗濯機に求めるものは一体なんでしょうか。それぞれ映像を映すこと、食べ物を保冷すること、衣類を綺麗にすること、でとりあえず間違いないでしょう。

 

この調子で自動車に求めることは何かといえば、「移動を便利にすること」であるはずです。そして、馬で移動していた頃に比べて(その頃のことは知らないが)、恐らく多くの人に移動の自由を与えたに違いありません。

 

しかし、私のように自動車を操ることに喜びを感じる人もいます。好みのデザインの自動車を眺めることが好きな人もいるでしょう。金銭的に余裕がある人は、自動車を複数台所有している場合もありますね。

 

これらはすべて、「移動を便利にする」という工業的な要件とは無関係なものです。

 

恐らく、自身の生活で必要な以上に洗濯機を所有している人や、空の冷蔵庫がいくつも並べられている人なんていないと思います。

 

自動車は「時計のような趣味的な価値」の要素が非常に高い工業製品だと言えます。

 

 

命を扱う

過激な言い方をしますが、自動車を使えば簡単に人の命を奪うことができてしまいます。

 

冷蔵庫からはフロンガスが排出されていた時代があります。これはオゾン層を破壊するとして、排出が規制されるようになりました(無論、オゾン層が破壊されれば、太陽光に含まれる有害な成分が地球に直接降り注ぐことになる)。

 

また、最近はディスプレイから発せられるブルーライトをカットするメガネが流行ったりしました。数年前は大気中を舞うPM2.5や、もっと前には建築物に含まれるアスベストも話題となりました。

 

全て、工業製品と関わりがあり人体に有害な物質に関する話題です。人間は自身の健康に関心があり、それに関わる工業製品には特に注意を払ってきました。

 

ところで自動車が道路を走っていてニュースになることなどまずありません。

 

確かにブルーライトは目にダメージを与えるのでしょう。紫外線も皮膚にダメージを与えます。こういうものに関心を持つのは良いことです。しかし、

 

一歩間違えば人体に有害どころか、一瞬で大怪我、あるいは命を奪いかねない自動車がそこらじゅうを当たり前のように走り回っていることをいちいち気にする人はいません。ここまで人類に身近であり、かつ危険な工業製品は無いでしょう。

 

 

 

総合産業である

自動車は総合産業であるという言い回しがよくされます。

 

CPUが1人の天才によって劇的に性能向上することがあっても、自動車は1人の天才では作り上げることはできません。そこに総合産業と呼ばれる理由があります。

 

自動車をつくり上げるためには、少なくとも

 

熱(心臓であるエンジンに必須の学問)

電気(バッテリー、モーターなど、近年特に重要)

材料(構成要素の全てに対して)

冶金(ボディの構成で非常に苦労する部分)

制御(様々な構成要素の動作に)

情報(カーナビや知能化での要)

 

などの学問がからみ合ってきます。

 

とりあえず思いついたものを挙げただけです。もっとたくさんあるでしょう。本当に多くのが工学分野が協力しなければ作り上げられないのです。もちろん、どの工業製品も必ず幅広い学問が必要にはなりますが、自動車の場合それぞれ全てが主役級になります(当然、その理由は、欠陥が人命に直接関わるという点が大きいでしょう)。

 

※近年の電気自動車の発展で、総合産業の様相が崩れそうであることも指摘はされてますが、いずれにしても命に関わる動作をすることに違いはないでしょう。

 

 

電気自動車について補足

通常の自動車は熱機関により動作します。

 

この熱機関は理論的な面も勿論のことながら、実験によって蓄えられてきたノウハウが非常に重要になります。熱機関を安全に、そして効率よく動作ささせることは一朝一夕ではできません。これが自動車産業における大きな参入障壁となっていました。

 

電気自動車はモータによって動作します。日本の家電が激しい価格競争の中で苦しい状況になっていることを、工学分野に興味を持つ人間ならばよく理解していることでしょう。

 

電気技術というのは理論が一度ものづくりの現場で実現すると、熱機関にあったようなノウハウ的な難しさが比較的少ないために、一気に普及します。一度確立されたらば、あとはコストカットで勝負という世界になってくるのです。

 

 

また、予想に過ぎませんが、日本の自動車業界は電気自動車で遅れを取っているという報道もしばしば見られますが、これは必ずしも正しくないと私は思っています。

 

単純に、何をメインにするのか、何を世の中に強く押し出していくのかの方向性が「電気自動車」ではなく「燃料電池車」であったというだけの話で、押し出すか否かに関わらず、日本の自動車メーカーも技術的には電気自動車には前向きな姿勢であり、既に(技術的には)送り出せる状況であるはずです(逆に、中国は電気自動車を前面に出しながらも、燃料電池というエネルギーに関しても非常に前向きである)。

 

いずれにしても、電気自動車も興味深いところでありますが、今回はこの辺にして、自動運転の話に移りましょう。

 

 

自動運転とその動向

自動運転に見出される価値とは

 

ところで自動運転というものが目指される最大の要因は何でしょうか。

 

私は当然「安全性を高める」ということが出発点にあると考えています。

 

要するに自動ブレーキなどにより人間が事故を起こさないように補助するところから始まり、更に人間よりも機械の方が操作が確実だと思われる部分を、自動化していこうというのが自動運転なわけです。

 

クルーズコントロールなども一種の自動運転技術の要素と考える事ができます。完全に一定の速度を保つようにアクセルを人間が踏むよりも、電子制御してしまったほうが正確になるのは当たり前ですし、前方との距離を一定に保つのも機械の正確さには敵いません。

 

 

兎にも角にも、出発点としては、自動車の安全性を高めることに自動運転技術の価値があり、これは工業的な要件であると言えます。

 

 

工業的要件以外の自動運転

ここで一つ問題が生じます。誰もが思いつくことです。

 

あたかも自動運転とは、運転の機会を人間から奪っているようにも捉えられるのです。すなわち、私のように運転を楽しむタイプの人間にとっては、いささか都合が悪いものに見えなくもないのです。

 

日本の自動車メーカーは長らく、完全自動運転という方向性は現実的ではないと考えてきました。それは恐らく、自動車が単に工業的な要件のみを満たせば価値を最大化できるものではないということをはっきり理解していたからではないでしょうか。

 

2017年8月現在は、SUV(以下のような車高が高く、大きなタイヤの車を想像してもらえれば良い)が非常に流行しています。

 

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ところで、舗装された道路を走るのが割と当たり前な日本にとって、SUVというタイプの自動車は必要でしょうか。移動したいだけならば必要ありませんよね(だいたいスポーツカーだって移動したいだけなら必要ないでしょ)。

 

この流行の形と実用性とを上手くミックスしたコンパクトSUVは特に人気です。ジュークやヴェゼル、CH-RはコンパクトSUVの日本車で代表的なものでしょう。

 

これらの流行は、自動車に対して移動以外の何かを求めている証拠だと言えます。

 

自動運転という技術は移動を安全に、かつ便利にするかも知れませんが、あくまで自動車の価値を高める一要素であって本質ではありません。

 

もちろんそれでも自動運転は有用です。運転が好きな私でも、疲れた時には休憩をしたいと思いますし、長距離走行では仲間内で運転を交代しあうこともあります。その休憩や交代が自動運転で可能ならば、それは私のような人間にとっても有用ですし、運転が面倒だと考える人にとっては間違いなく便利なツールです。

 

ただ、強く認識すべきなのは、いずれにしても「人を運ぶ」だけで自動車は完結しないということです(自動車好きが運転の楽しさを叫んでも、運転嫌いが利便性だけを謳っても、基本的には的はずれである)。

 

完全自動運転を目指すIT企業

GoogleやAppleが完全自動運転を視野に入れた技術開発に挑んでいることはよく知られています。これらのIT企業が強気で完全自動運転を目指す理由は

 

個人的な見解にはなりますが、参入障壁の大きかった自動車業界をビジネスに取り入れる大きなチャンスだからです(これは実は、電気自動車の普及というタイミングも大きく関わっていると思われる)。

 

先にも述べたとおり、自動車の開発それ自体は非常に難しいです。

 

しかし、人間にとって自動車が「人を運ぶ」道具であると考えれば、自動運転技術は自動車のメイン技術となり得るものとなります。自動運転技術を提供することが自動車産業の本質であり、「人を運ぶ箱」は別で作ればいいということにもなってくるのです。

 

ここに加えて、電気自動車が普及すれば、電気で動く箱を作るのは恐らく(自動車に関するノウハウを有さない)IT企業でも比較的容易です。いよいよ自動車そのものを提供できるようになってくるというわけです。

この見解は私の予想に過ぎませんが、仮に私がIT企業の一員ならば上記のようにしめたものだと考えます。

 

各業界の動向

ここで人類が本当に自動車の価値を「移動」のしか見出さないようになった場合、自動車メーカーにとって完全自動運転を目指さないことが最大のリスクになります。完全に産業構造が破壊されることになるのです。

 

この情勢を見て、たまらず多くの自動車メーカーも完全自動運転を技術的に目指さざる得なくなったのではないでしょうか。

 

 

TOYOTAはアメリカにTRIという人工知能研究所を多額の資金を投じて設立しています。現在も精力的に投資している様子です。また、マイクロソフトとの特許提携も自動運転技術と一枚噛んでいると見ていいでしょう。

s0sem0y.hatenablog.com

 

更にTOYOTAは人工知能開発に関してディープラーニングフレームワークChainerを提供しているPFNにも出資しています(最近になって追加出資があったことも考えれば、力を更に入れていることが分かります)。

newsroom.toyota.co.jp

 

 

また、ホンダはGoogleと技術提携することを決めています。

この動向は個人的には面白いものがあると考えており、Googleが単体で完全自動運転を目指すことを、いよいよ諦めたように見えるからです(実際、GoogleがWaymoとして自動運転技術を独立させた後、今年になって完全自動運転車の自社開発を凍結させています)。

 

waymo.com

 

 

最終的にはIT企業の動向に刺激を受けた自動車業界が技術的な発展を目指し、IT企業と協力していく流れになっているように見えます。

 

ここには自動車メーカーがITの大切さを再確認し、更にIT企業が自動車づくりの難しさを実感した結果たどり着いたのだと考えています。

 

この流れのおかげで、実はより一層、自動車が単に人を運ぶだけのものではなく、さらなる価値を付けて発展していくのでは無いかと私は感じています。

 

 

 

自動運転を支える技術・社会

画像認識

現在、前方の車両との距離や、障害物の位置関係を測るために、自動車には様々なセンサーが搭載されています。仮に画像認識技術が発展すれば、センサーの数を減らしてカメラで判断ができるようになったり、あるいは複数の情報を統合してより正確な判断が可能になると期待できます。

 

これらは自動運転の基礎的な技術になります。

 

例えば、画像からどこに何があるのかを判断するセグメンテーションという技術は、画像認識による自動運転の根幹となると考えられるでしょう(もちろんセグメンテーションができた上で、自動車をどのように操作するのかは更に考えなければなりませんが)。

 

ai-4-u.com

 

音声認識

現在カーナビゲーションシステムを操作する方法の主流はタッチパネルとなっているはずです。少し前は、ボタンやスティック操作などを行っていました。音声認識はこれらを代替するツールとなり得ます。同様に、車内に流す音楽なども音声によって支持できる未来が来るかも知れません。しかし極端な話、安全性を高めたい、人を運びたい、という工業的な要件に対しては必ずしも必要とは言えません。

 

しかし、自動車が単に人を安全に運ぶだけのものではないということを強く主張してきました。つまり、自動車の付加価値を高める点で重要な技術になるのです。

 

これまでよりも更に、自動車が人間の相棒の如く振る舞うようになるためには必ず必要な技術だと言えます。

 

機械学習を学んでいる人は、画像認識も音声認識も、現在はディープラーニングによって大きく発展していることを知っているはずです。したがって、自動運転の開発をすすめる中で、音声認識に関する研究開発も進められていくこと容易に想像できます。

 

音声認識は、自動車業界がITに重きを置いたことで、一層自動車の価値が高まることを期待させる技術と言えます。

 

強化学習

人間でもいきなり上手に運転するのは難しいです。

 

人間には道路の標識も信号の色も、障害物もはっきり見えています。それでも運転が難しいのであれば、画像認識などだけでは自動運転が確立できないということです。そこで、運転の仕方を自動車に学習させる必要が出てきます。

 

PFNは深層強化学習が自動運転にとって有用な技術になると考えており、以下のような簡便な環境で自動駐車の強化学習についてブログを書いています。

 

深層強化学習による自動駐車の実装 | Preferred Research

 

TOYOTAと共同研究しているPFNですから、更に本格的なこともやっていると考えられます。

 

例えば、更に前の話になりますがPFNとTOYOTAは以下のようなデモをそれぞれ行っています。

www.youtube.com

www.youtube.com

 

制御

走行の経路などが明確に決まった状態で、その経路を正しく通るための速度や操舵角などを正確に素早く達成する技術が制御です。

 

人間が慣れや経験でアクセルを踏み、ハンドルを切っているのと同じように、「学習」という手法を使えば、いずれは人間のように運転できる自動運転車が達成できるかも知れません。しかし、プロの運転手(レーサーなど)でも、制御技術を用いた運転にはかなわないことが知られています。

 

例えばMTとATでは、明らかにATの方が(よっぽどのことがない限り)滑らかにギアチェンジができますし、効率という点でもATの方が最適に動作します(モータスポーツでもATが主流。ギア数は任意に変えられるが、クラッチ操作は全部機械がやっている)。

 

またカーブでは減速しながらハンドルを切る必要がありますが、「ABS」を搭載した自動車を使えばプロレーサー並みのカーブができます(したがって、レースではABSは使用禁止である)。

 

したがって、自動運転に置いても走行経路を正しく判断した後は制御によって自動車を操作するという方法を取ることもできます。

 

www.atmarkit.co.jp

 

 

V2X

自動運転を達成する上では自動車の知能化も大事ですが、自動車がどこから情報を入手するかというのも大切です。必ずしも人間と同じように運転席から見える景色だけで状況判断をする必要はありません。

 

例えば死角の多いコーナーでは、情報を送受信するビーコンを配置することで、コーナー付近に接近する自動車の情報を互いに交換することができるでしょう。自動車同士が直接情報をやり取りすることも考えられます。

 

V2Xとは「Vehicle to Everything」という意味であり、車車間/路車間通信と訳されます。

 

将来の通信規格である5Gでは大幅にアップする予定です。これに伴い、技術的に自動車が様々なものと絶えず通信することが可能になります。IPv6も普及するようになってきたため、この方式も現実味を帯びてきました。(IPv6では地球上に存在するありとあらゆるものにIPアドレスが付与できるようになります)。

 

 

最後に

今後の自動運転について

自動運転を達成するためには様々な技術が必要です。その一方で達成の方法(あるいは目指す方向性と言っても良い)も複数存在します。

 

例えば、自動車を徹底的に知能化することで、人間の運転技術を上回る自動運転車を達成することが考えられます。例えば強化学習やディープラーニングで自動車を学習させていくことが考えられるでしょう。

 

一方で、V2Xのようにインフラを巻き込んで自動車が情報をやり取りできるようにすることで、人間が運転するだけでは得られない情報を自動車が獲得できるようにする方法も考えられます。

基本的には自動車の知能化と合わせて、更に精度を高めることに使えるでしょう。

 

更に過激に自動車同士の、あるいはインフラとの情報のやり取りを拡大してしまえば、ある地域に存在する自動車の走行を一括管理するようなことも可能になるかも知れません。

 

どのような発展を遂げるにしても、自動車に人間がどのような価値を求めるかが重要だと私は思います。

 

自動運転の未来

個人的には、現状の自動車の性質上、単なる移動の手段ではなく、趣味的要素や遊び心は残って欲しいところではありますが、これは社会のニーズによって変化していくものです。

 

例えば人間が自動車を個人で所有しない世界になり、完全自動運転のタクシーによる移動が当たり前の世界になるかも知れません。

 

はたまた自動車は個人で所有するものであり、自動車が所有者に応じて最適な振る舞いをするように知能化が進むかも知れません。流す音楽のジャンルや走行のパターンが乗るごとに最適化されていったら面白いのではないでしょうか。

 

あるいは完全自動運転の実現が、自動車の走行の一括管理によって行われるのならば、長距離の移動として、ある地域内のみを走る自動車を滑らかに乗り継いでいくような方式が実現するかもしれません(道路を自由に走る電車方式だ)。

 

 

みなさんはどんな自動運転車がほしいでしょうか。

 

 

現実に立ちはだかる壁

技術的課題や社会のニーズのクリアは勿論のこと、これを社会に普及させるためにはまだ壁があります。よく言われることではありますが事故時の責任の所在です。法律と言い換えてもいいでしょう。

 

少なくとも「過失を背負いたい」と言う人はいません。

 

事故時に自動車メーカーが悪いのか、乗車している人間が悪いのか、インフラが悪いのか、ソフトウェアメーカーが悪いのか、これを予め決めておかないことには現実に完全自動運転車が出てくることは無いでしょう。ある意味、完全自動運転車は、国や倫理観を巻き込んだ一大総合産業であると言えるわけです。

 

 

 

 

 

 

最後に

単に利用する側として利用して終わるのではなく、どのように動作するのかのメカニズムを理解すると面白いです。音声認識でも画像認識でも、はたまたこれらが応用される自動運転に関しても、技術的なことを少しでも知っていれば、生活で見かけるたび少し楽しく感じるはずです。

 

私のブログ記事でも技術的な面の基本を書いています。

 

 

s0sem0y.hatenablog.com

s0sem0y.hatenablog.com

 

s0sem0y.hatenablog.com
 

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また、世の中は便利になったもので、無料でも本格的な学びが得られる講座もいろいろと公開されています。

 

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