Brain Computer Interface(以下BCI)とは脳活動を直接用いて外部機器との通信を可能にする技術の総称です。
Brain Computer Interfaceの概要
Brain Computer Interface(以下BCI)とは脳活動を直接用いて外部機器との通信を可能にする技術の総称です。基本的には脳活動を何らかの方法で計測し、計測信号に対して何らかのアルゴリズムを構築しておくことでBCIを実現します。
脳活動の計測方法による分類
脳活動を計測する方法は複数あります。
特に大別すると、侵襲式と非侵襲式に分けられます。
侵襲式とは外科手術を伴った計測方法であり、例えば頭蓋骨を開いて電極を脳細胞に直接挿したり、脳の表面に特別な電極シートを配置したりする方法です。非常に計測精度が良い反面、手軽さはありません。主に身体動作が困難になった患者の医療・福祉用途が想定されます。
非侵襲式とは外科手術を伴わない方法であり、例えば電極が配置された帽子を使ったり、fMRIなどの医療機器を用いる方法です。特に電極キャップを使う方法は非常に手軽であり、これを用いた方法が発展すれば、BCIの普及の可能性が見えてくることでしょう。
(ミユキ技研)
頭皮上に生じる電位を、非侵襲式で計測したものを脳波(正式には脳波図)と言います。現在脳波を用いたBCIの研究は非常に盛んに行われています。
自発型と受動型*1
BCIの分類の仕方としては、計測する脳活動の種類に着目する方法もあります。
ある刺激を与えると特定の脳活動が誘発されることが知られており、この活動を検知して動作するBCIを受動型と言うことにしましょう。すなわち、外部の刺激に呼応され動作するBCIということになります。例えば有名なものでは視覚刺激を用いた脳活動を用いるものが知られています。
一方で、外部刺激を必要とせず、人間が自発的に発生させることのできる脳活動もあります。このような脳活動を用いるBCIを自発型と呼ぶことにします。自発型では外部からの刺激なしにBCIを動作させることができるため、準備するデバイスも少なくすみ、より手軽にBCIを利用できることが期待できます。ただし、自発的に特定の脳活動を出現させるには人間側の訓練も必要であるとされています。
Brain Computer Interfaceの応用事例
BCIの研究のモチベーションは主に医療の発展にあります。
医療・福祉としてのBCI
特に最も初期のBCI(当時はBCIという言葉はなかったかもしれないが)は、てんかん発作の治療だと言われる場合もあります。
てんかん(癲癇、英: epilepsy)は、脳細胞のネットワークに起きる異常な神経活動(以下、てんかん放電)のためてんかん発作を来す神経疾患あるいは症状。神経疾患としては最も一般的なものである。
(Wikipedia)
てんかん発作時には、特徴的な脳波が発生することが知られており、内服薬での治療以外にも、外部から電気刺激を与えることで、てんかん発作の頻度を軽減することができると言われています。
これは脳活動を計測し、異常を検知するためにBCIを用いているという解釈ができます。しかし、現在研究されているBCIは更に高度・複雑化しており、更なる応用の可能性が期待されるようになってきました。
例えば、下肢麻痺の患者さんが車いすで移動する際に、BCIで操作ができたら非常に便利ですね。そのような研究も既に報告されています。
車いすの例では前身、右回転、左回転(実際には足、右手、右手)を意識することでBCIを動作させており、自発型のBCIであると言えるでしょう。
外部機器を操作するツールとしてのBCI
BCIが発展した先には、人間はほとんど身体的動作を必要とせず外部機器を操作することが可能になるかもしれません。例えばエアコンの温度調整であったり、テレビの音量・チャンネルの変更などを、考えるだけで可能になるかもしれません。
この生活に寄り添うレベルの研究はまだまだ進んでいるとは言えませんが、近年はBCIを使って簡単なテレビゲームを操作するコンペティションなどが開かれている他、各研究機関でゲームを操作することでBCIの有用性を実証する研究が行われています。
これらを見ていると、BCIは人類の生活を劇的に変化させる可能性を持っていると感じられるのではないでしょうか。
BCIを支える技術
ここからは研究が盛んな脳波(電極キャップで計測した脳活動)を用いたBCIについて説明していこうと思います。*2
信号処理
脳活動は頭蓋骨の内部で起こっていることです。これを頭蓋骨と頭皮を介して計測している脳波の信号は非常に微弱であり、ノイズに侵されていることが想定できます。特に脳活動以外で発生する電位の存在は驚異的です。
例えば眼球を動かしたりするだけで、脳波はノイズにまみれてしまいます。首などを動かしても同様です。脳波の電位の大きさに比べて、眼球や筋肉の動作で生じる電位はとてつもなく大きいためです(筋肉の動作の際に表面筋電位が皮膚上に現れます。脳波計はこれを拾ってしまうので、脳波は表面筋電位に侵されます)。
信号処理は脳波に入っているノイズを適切に除外する役割を担っています。
具体的な方法は、ノイズとなる信号の特性を調べ、その信号をカットするようなフィルタを準備することです。筋電位は脳波に比べ解析が容易なので、除去のフィルタを構築する余地があります。
例えば除去が容易なノイズの極端な例として電源電圧があります。電源の信号が混じってしまうことを避けるために、西日本では60Hz、東日本では50Hzのバンドカットフィルタを用います。
実用上の問題では、目付近に電極を配置することで、眼球動作で生じる信号を計測し、その信号が脳波計にどのような影響を与えているのかを検知しつつ、除去してくれる適応フィルタを構築することなども考えられます。
特徴抽出
脳波が適切に得られた場合にも課題はあります。
脳は生きているだけで絶えず活動をしているものです。現在着目している脳波以外も発生しているということを忘れてはなりません。従って、例えば視覚刺激に対応した脳波を取り出したいのならば、全ての脳活動の総和である脳波から、視覚刺激に対応した脳波だけを抽出しなければなりません。
特徴抽出の役割は、着目している重要な脳波を取り出すことです。
脳波のポイントとしては「特定の頭皮領域に生じる」ことが挙げられます。理由は、特定の脳活動が脳の一部分で起こってるためです。従って頭皮上に生じる電位も、ある特定の領域に収まります(しかし、当然頭蓋骨や頭皮を通る際にボヤけているとは思われる)。逆に、特定の頭皮領域に現れるという規則性から、元々脳のどの部位が活動していたのかを推定する手法があります(ブラインド信号源分離)。
特に脳波解析において独立成分分析の有用性が指摘されており、これをベースにした解析ツールなども存在します。脳波と筋電位は統計的に独立であることが想定できるため、ノイズの除去に用いることも可能です。
他にも特定の周波数領域に着目するため、時間周波数解析やスペクトル推定などを活用することもできます。時系列信号を扱う上では外せない解析手法です。
パターン認識
特徴量が見つかった後は、その特徴量から人間の意図を認識する手法が必要になります。
良い特徴量が見つかれば、適当な閾値を元にパターン認識を行うこともできますし、複雑な特徴量であれば機械学習の何らかの方法を必要とする場合もあります。よく使われるのは、LDA(線形判別分析*3やサポートベクターマシンです。
近年は高精度なパターン認識能力を有する深層学習の活用も見られるようになってきました。特に脳波に対して自己符号化器を用いたノイズ除去や特徴量抽出手法や、スペクトログラム(2階テンソル)に畳み込みニューラルネットを用いた特徴量抽出からパターン認識を一体化させた方法が目立っています。
具体的なBCI構成例
BCIを構成する上では例えば以下のような流れが考えられます。
- 右手動作、左手動作の脳波を計測
- 計測データから独立成分分析を用いて筋電位成分を除去
- 脳波に対し時間周波数解析によりスペクトログラムを獲得
- 非負行列分解で特徴行列を構築
- 特徴量を入力、手の動作を出力として機械学習で分類
最後に
技術的部分だけでなく、生理学的な面に置いてもBCIは注目されています。
近年は「脳はある年齢に達すると固まってしまう」という考えから、「脳は生涯変化し続ける」という考えに移行しつつあり、これは「脳の可塑性」として支持されるようになってきています。
脳の可塑性
脳の可塑性とは、脳が後天的に新たな神経細胞を構築したり、神経細胞間の繋がりを構築したりすることです。特に意識的に脳を活用することで、その脳の活用に有利なように脳が変化していくことが主張されています。まさに脳は常に学習し続けているのです。
脳の可塑性を使ったBCI
例えば、ロボットの義手を体に装着したとしましょう。その義手は元々体に付いているものではなく、先天的には義手を操作する術を脳は持ちあわせていません。しかし、脳の活動と義手の動作を対応させていくと、義手を自分の体の一部の如く動作させられるように脳の活動が構築されていくことが報告されています。*4
このようなことを可能にするには、自身の脳活動がどのようになっているのかを認識する必要があり、脳の活動結果を現実に反映して、人間にフィードバックをしてやる必要があります。その際にBCIは有用なツールとなりえます。
脳がBCIに司令を出すだけでなく、BCIと脳が双方向に通信することで脳側の学習を促すことが可能になると期待できるわけです。
BCIは挑戦的な課題である
BCIは先端的かつ挑戦的な課題です。技術的な面で見ても、脳という器官を知る上でも興味深い知見が得られます。
現在機械学習や深層学習は画像処理や音声認識で高い精度が発揮され、実応用が行われている段階です。自然言語処理もまだまだ課題はたくさんありますが、翻訳などで活用が進んでいます。
もしも、機械学習の技術をより基礎的な面から活用していく検討をしたければ、BCIは面白い研究課題であるかもしれません。まだまだ発展途上であるという点から見ても、これから介入する余地はたくさんあるでしょう*5。